第一話 第二話 第三話 第四話

第四話

「神様、大丈夫? 大丈夫ならさ、早く立ち上がってくれないか」

エスコタが神様の顔を覗き込んでいる。
いや、顔を近付けているという表現の方が適切だろう。
神様らしき小男が乗っている右手を目の高さまで持ち上げて、息が掛かりそうな程の距離で話し掛けている。
あそこまで顔を近付けたら迫力があり過ぎて、逆に息が詰まるのではないかと思う。

手を持ち上げてくれたおかげで、それなりに見易くはなった。
大きさはエスコタの手首から先と同じくらい、髪は短くて猫背気味。
じっと目を凝らすと、視線を彷徨わせているのがわかる。
周囲に怯えているようでもあり、杖から振り落とされて目を回しているようにも見える。

「久し振りだねぇ、神の顔を見るのって」

晃くんが目を細めて、司くんに話し掛けている。
話し掛けられた司くんは、軽く息を漏らして返事に変えていた。
ふたりの表情には、神への畏敬の念など微塵も感じない。
それは彼らが悪魔だからなのか。
そう思い梅玉を見ると、優しげな表情で神を見つめている。
まるで、出来の悪い後輩を見守る優しい先輩の構図だ。
エスコタはと言うと、眉間に皺を寄せて神を叱咤激励している始末。

一体何なのだ、この空間は。
神って偉いものではないのだろうか。

「えー。あー、はい。大丈夫ですから」

神を睨むようにして見つめていると、ハッキリした声が頭の中に響いた。
聞こえてくる、という感じではない。
頭の中で誰かが話しているような感覚である。

「そうですか。安心しましたよ」

にこにこと笑っている梅玉。
視線の先には、どうにか起き上がった神の姿がある。
自然に不自然なことを考えると、頭の中に響いてきたのは神の声なのだろう。
少し高めの声ではあるが、それは体の大きさを考慮すれば違和感がない。
何より、相応しい力を見られて安心である。

「神よ、状況は理解しているか」

場が落ち着いたところで、司くんが尊大な態度で神に話し掛けた。
司くんが不遜な態度をとっても、誰も何も反応しない。
神の扱いは、これで良いものらしい。
神も不快な表情を見せることなく、真剣に司くんの問いに答えようとしていた。

「はいはいはい。何となくで申し訳無いのですが、大体理解しています。悪魔のおふたりがこのお嬢さんの夢の中へ逃げ込み、お嬢さんは迷惑をしていた。苛々が限界まで達したところに、天使のおふたりが駆けつけた。そういったところで、宜しいですかね?」

神が話した内容は、この現状を把握していることを示していた。
その辺りは、さすが神といったところか。

それにしても。
どうも、腰が低い神である。
確かにこれなら、誰も崇め奉ったりはしないかもしれない。
妙に納得してしまう。
もしかしたら、能力はあっても性格的に子分肌の神なのか。
それって、うん、情けない。

「じゃあさ、今何をしなくちゃならないと思う?」

今度は晃くんが緩い声で尋ねる。
幼稚園生になぞなぞでも出しているような、そんな雰囲気だ。
ここまで馬鹿にしきった声で神を扱って良いものか。
悪魔のふたりは追われている身だった筈なのだけれど。
あまりに想像とかけ離れた神の印象に、私は気力が抜けてしまったようだった。
先程から、どうでも良いようなことばかりを考えている。

そう、今聞かなくてはならないことは。

「このお嬢さんに、説明をすれば良いのですよね?」

「そう、そうなのよ!」

 思わず、合いの手を入れてしまった。
場の視線が私に集まる。
それは授業中に寝惚けて先生をお母さんと呼んでしまった時のような気恥ずかしさで、少したじろいでしまう。
私はそんな経験はないけれど、きっとこれくらい恥ずかしいに違いない。

「ではでは、説明しますかね」

 神が笑って、こちらに向き直った。
場の気まずさから救ってもらったようだった。
案外、良い奴なのかもしれない。
いや、神なのだから良い奴であって欲しい。

「その前にさ、手から降りてくれない? 重いや」

和やかな気分を壊していくエスコタの声。
天使なのに、神の扱いが悪い。
神は神で、そう言われて慌てている。
もがいて、手から落下しそうになっている。
間抜けだ、間抜け過ぎる。
この光景も、この状況も。

萎え続ける気持ちを励ましつつ、神の話を待った。
神はと言えば、エスコタの手から降りて梅玉の肩へと移動している。
梅玉は重くないのだろうか。
にこにこと笑い続けているので、重くないのかもしれない。
そう考えると、エスコタは体力がなさそうだ。

悪魔ふたりを含めて、全員がその場に座り込んでいた。
はっきり言って、変な展開である。
悪魔と天使が同じ車座に居て、しかも、先程まで罵り合っていた筈で。
そこに何も知らない、巻き込まれただけの私が混ざっている。
天使ひとりの肩には、小人サイズの神の姿まである。
こうなってくると、気力は抜けたのではなくて底を尽きてしまった感じだ。

「ではでは、今度こそ説明しますね。いやいや、その前にお嬢さんに謝っておきましょう。悪魔ふたりが迷惑を掛けてしまって、本当に申し訳御座いませんでした。いやぁ、何と言いますか。運が悪かったと思ってください」

理不尽な。
そう言ってやりたかったが、話の腰を折っては続かないと思い我慢する。

「それでですね、何故悪魔ふたりがお嬢さんの夢の中へ逃げ込んだかということです。それはですね、悪いことをしたのですよ。ちょっとね、逃げ出さないといけないようなことをしたのです。内容まで言っちゃって良いですかね、良いですよね。うん、良いことにしましょう。言っちゃいますよ」

ちらちらと悪魔ふたりを伺いながら、神が言葉を続ける。
悪魔ふたりは興味がないのか、無表情で神を眺めるばかりだ。

「このふたりはですね、天使に手を出したのですよ。可愛らしい子がいましてね、その子をからかったと言いますか。その子は天使の中でも人気がありまして。アイドルって言えば良いのでしょうか。ですから、その子に手を出したことが露呈してしまった時に天使の殆どを敵に回してしまったのです。特に、そこにいるエスコタなんかはショックが大きかったようですね。アイドルに手を出した悪魔を処罰せよ、そういう運気が高まってしまいまして」

「誤解しないでね? 僕はその子が気に入っていただけなんだよ。それを向こうが勘違いしたんだ」

「俺だって同じだ。困ったような顔をしていたから、親切に声を掛けただけだ」

いきなり悪魔ふたりが弁明を始めた。
どうやら、手を出したという表現が気に食わなかったらしい。
変なところでプライドが高い悪魔である。
それとも、悪魔というのはプライドが高い生き物なのだろうか。

私とは別のことを思ったらしい、エスコタが声を上げる。

「醜いな、実に醜い! 彼女の涙を見ただろう。良心が痛まないのか、あれを見て」

身振り手振り、全身を使って悪魔ふたりを批難しているエスコタ。
余程、そのアイドル天使が好きなのだろう。
表情に悲痛なものすら感じる。

「そうですよ、可哀想ではないですか。手を出したら、最後まで。きっちりしっかり、ぱきゃらまーお」

梅玉も批難に加わるが、よくわからない。
そもそも、批難する気があるのかないのか。
にこにこと笑ったままである。
「とにかく、そういう理由で悪魔ふたりはお嬢さんの夢の中へ逃げ込んだわけなのです」

神がそう言って場を静める。
場を静めてくれたのは良いが、今の発言は結論にはなっていない。
肝心なところが抜けている。
それを説明してくれなければ、私はちっとも納得なんて出来ない。

「ちょっと待って。そんなくだらない理由で逃げ込んだ先が、どうして私の夢の中でなければならなかったの? そもそも、夢に逃げ込むってどういう了見よ」





2005 演劇再創造集団ゼプ・テピ All Rights Reserved.