第三話
天使と悪魔なんて、こういうものなのだろうか。
これなら街中ですれ違っても違和感がないだろう。
司くんとすれ違う時は、少々迂回して歩くとしても。
「……天使って、羽は何処にあるの?」
ふたりの天使の背中には何もない。
天使と言ったら、白い羽だろう。
それくらいなくちゃ、どうも信用出来ない。
悪魔のふたりみたいに顔や雰囲気から想像出来ないのだ。
善人っぽいような気もするけれど、天使のような純粋さのイメージはない。
あくまで人間として見た上での話なのである。
「疑っているねぇ。悪魔が信じられるのに天使が信じられないなんて、それはないんじゃないの? 羽がなければ天使じゃないなんて、心が狭いよ?」
エスコタが不服そうな声を出す。
私は無言で不信を伝えようと、軽く眉をしかめてみた。
不服そうな声を出されても、信じられないものは信じられないのだ。
しかも、そんな溜息を吐く寸前のような顔をされては、ますます天使のイメージから遠ざかっていく。
お金がないと言ってファーストフードに通い詰める、昼下がりの切ない男子大学生だと言われる方が未だ納得出来るような気がするくらいだ。
私とエスコタの不毛な睨み合いに割って入ったのは、エスコタの腕から開放され息を整えた梅玉だった。
「僕は悲しいですっ! 先程の貴方の直観力は何処へ行ったのですか。彼らの悪事を見抜いて、尚且つ指摘なさったでしょう。素晴らしい。その悟りの心ですよ。良いですか、貴方はシンデレラでなければならないのです。目の前に胡散臭い魔法使いが現れても感謝してしまうような、そんなシンデレラでなければならないのです。疑ってはいけません。疑っては、シンデレラはお城へ行けないのです。ガラスの靴なんて博打的なものを有り難く受け取れるくらいの謙虚さがなければ、話が進まないではないで…………ふがっ…………」
再びエスコタに口を塞がれる梅玉。
このふたりは天使ではなく、漫才コンビなのではないだろうか。
そう思い、ふと考え込む。
このふたり、私の夢が作り出したキャラクタの可能性はないだろうか。
いつだかテレビのお笑い番組で観掛け、それがひょんなことから夢に現れたのかもしれない。
そうだ、そうに違いない。
何故今まで思い付かなかったのだろう。
悪魔ふたりがあまりに馴れ馴れしいからだろうか。
一ヶ月間も見落とし続けていた盲点。
司くんと晃くんのふたりも、街中で見掛けたヤクザか誰かだったのだろう。
あまりにインパクトが強くて、記憶の片隅にでも引っ掛かっていたのだ。
私が自分の知らないところで想像を膨らませ、勝手にキャラクタを構築してしまったのかもしれない。
そう考えれば、変わった夢に悩まされているということで話は片がつく。
あくまで、夢の話となるのだ。
素敵である。
私が自分の新しい閃きに夢中になっている間に、司くんと晃くんは自称天使ふたりに随分と近いところまで来ていたようだった。
「な、何だ。素直に罪を悔い改める気になったか」
エスコタの声は小さく、少し裏返っている。
声と反比例して腕に力が入っているらしく、可哀想なことに梅玉は顔を蒼白くさせていた。
「いやさ、そうじゃなくてー」
面倒臭そうな晃くん。
ちらっと相方に見遣る。
司くんは顔をやや後ろに倒し、高い位置からエスコタを睨んでいた。
「司くんがね、キレちゃいそうなんだけれど。そうするとさ、僕も面倒臭いんだよね。事後処理って言うか。司くんってキレると止まらないんだ」
力の抜けた顔と声で、さらりと恐ろしいことを言う晃くん。
私は思わず固まってしまった。
それはエスコタも同じだったらしく、蒼白い顔を更に蒼白くさせて固まっている。
その隙に腕から逃げ出す梅玉。
「……司くん、何でキレちゃいそうなの?」
誰も言葉を発しないので、私は沈黙に耐えかねて聞いてみた。
それは晃くんに向けた質問だったのだが、当の本人が答えてくれた。
それも、震え上がりそうになる声音で。
「俺はかったるいのが嫌いだ」
簡潔な答えだ。
隣で晃くんが苦笑している。
よく見ると、更にその横には梅玉が居た。
何やら、眉間に皺を寄せて唸っている。
司くんをキレさせない方法でも考えているのだろうか。
もしかしたら、いきなり口を塞いだエスコタに対して報復作戦でも練っているのかもしれない。
どうやら彼はマイペースらしいので、こちらと全く関係のないことを考えている可能性は多いにある。
この状況では勘弁して欲しい。
「とりあえず、彼女に全部説明しちゃわない? 天使とか悪魔とか、全部ひっくるめて」
晃くんの提案。
自称天使たちと押し問答をしていないで、話を先へ進めようということだろう。
司くんを落ち着かせる為に。
「説明してくれるのなら、大賛成」
私は素早く答える。
司くんの為だけではない、それ以上に自分の為だ。
嫌な空気が漂っている中、ひとり唸っていた梅玉が勢い良く挙手をした。
何やら思いついたような顔をしている。
嬉しそうで、手もぴんっと伸びている。
「では、神様を呼びましょう」
高らかな宣言。
「・・・は?」
一瞬の思考停止の後、余計に混乱をする私。
「良いですよね?」
呆けた顔をしている私を無視し、天使と悪魔だけで確認を取っている。
エスコタは大きく肯き、悪魔ふたりは顔をしかめた。
「俺は呼びたくない」
「僕も。一応、逃亡中の身だしね」
「大丈夫です。神様は寛大な方ですから」
「追っ手を差し向けておいてさ、何言ってんの」
「大丈夫です。神様自身が追い掛けて来たわけではないでしょう?」
「お前らが勝手に追い掛けて来たということなのか。まず、神に俺らを追い掛けて来る度胸はないだろうが」
「正確には、わざとらしく神様がぼやいているのを聞いてしまったのですよ」
「御愁傷様だね」
「御愁傷様だな」
梅玉と悪魔ふたりの話を聞いていると、随分と神様らしくない神様のようである。
ここにいる自称天使と悪魔もそうだが、私のイメージと程遠い。
そして、それは困ったことであることに気が付いた。
私の中になかったイメージが夢の中に現れるなんてことはあるのだろうか。
もし有り得ない話なら、先程の素敵な閃きは間違っていたことになる。
「うーん……」
思わず苦悩が口に出る。
それを聞いたのか、梅玉がこちらを向いてきた。
「ほら、困らせてしまっているではないですか。知らない話を目の前で展開されて、ついていけないから困ってしまったのでしょう。もうこれは神様を呼ぶしかありません。神様に全てを説明して頂きましょう」
どこまでもマイペースな自称天使。
ついていけなくて困ったわけではけれど、話が先へ進むのなら勘違いされたままで構わない。
神様とやらが現れて、全てを説明してくれるのなら、大歓迎だ。
勿論、期待半分といったところではあるが。
「よし、呼ぶぞ。俺に任せておきな」
そう胸を張って、エスコタが背中のリュックサックを前に回す。
神様を呼ぶ道具でも入っているのだろうか。
暫らくリュックサックの中を漁っていたエスコタだったが、中から可愛らしい杖を取り出してきた。
ピンク色に白で装飾を施してある。
長さは私の腕くらいだろうか。
大柄なエスコタが持つには、気持ち悪いくらいに不似合いだった。
「では……」
エスコタは神妙な顔つきで、杖を目の高さまで持ち上げた。
右手を杖の右端までゆっくりと持っていく。
端を握り締め、杖の真ん中を握る左手にも力を込める。
足を肩幅に開く。
「いきます」
私は若干緊張し、事の成り行きを見守っていた。
周囲の真剣な顔つきを確認した後、エスコタに視線を固定する。
これから何が起きるというのか。
「せいっやぁっ!」
きゅ、ぽんっ。
エスコタが右端から手を離している。
その手の中には、白いゴム栓。
「……」
拍子抜けだ。
もっと神々しいものを想像していた。
呪文を唱えてから杖を振るとか、空高く掲げると光が差すとか。
それなのに、栓を抜いただけ。
杖の先から白い煙が出てくるとか、そういう展開もない。
あろうことか、エスコタは栓を抜いた方を下にして振っている。
あれではまるで、中に詰まったものを出そうとしているかのよう。
嫌な予感がする。
「エスコタさん、何をしているの……?」
「え? あぁ、神様を出しているところ。さっき言ったじゃないか」
今更何を聞く、という顔をされてしまった。
杖を叩きながら必死に振っている姿は、どうにも間が抜けている。
ああ、こんな夢は早く覚めて欲しい。
しっかり踏みしめていないと、足の力が抜けてしまいそうだ。
「お、出てきたぞ」
嬉しそうなエスコタの声。
右手を広げ、その上に杖から何かを出そうとしている。
その何かは神様なのだろうけれど、ジタバタと暴れる小人のようにしか見えない。
足先、下半身、胴体、腕、最後に頭。
転がり出てきたのは、目を回して倒れそうになっている、色黒の小さな男だった。
その姿は情けなく、神様の威厳を感じ取るのは難しかった。