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第ニ話

頭が痛くなってきた。
夢なのに、リアルな痛み。

「その顔だと、信じていないな」

「仕方ないんじゃない。そうですかって顔をされた方が痛いでしょ」

司くんは真剣なまま、晃くんは苦笑気味で私を見ている。
夢なのに、リアルな反応。

この状況は、まるで私の反応を待っているかのようで居心地が悪かった。
私は何も反応したくなかったし、する気力もなかった。
「夢にしてはおかしい」と悩んだ日々が、無駄だったとわかったからである。
妙な脱力感に襲われていたが、それ以上の安堵に包まれていた。

これは紛れもなく私の夢に違いない。
実は「私は気付かない内に、怪しげな組織の実験体にされているのではないか」とか、それこそ非現実的なことを考えていたけれど、こういう変なことを言い出すようなら心配はないだろう。
私は読書好きが過ぎたのか、妙に夢見がちなところがある。
変な夢を見ても、不思議ではないのだ。
とはいえ、おかしな点は多々残る。

黙り込んだままの私を見つめ続けるふたり。
晃くんの顔が心なしか不安げに見えてきた。
良心が何か言ってやれと、私をつつく。
仕方ない。

「……人間じゃないのね。人間じゃないなら、何なの?」

親切心たっぷりの質問に満足したのか、晃くんはいつも通りの笑みを取り戻しながら答えてくれた。

「あのね、僕らは悪魔なんだ。驚いた?」

「うん、とっても驚いたー」

嘘である、勿論。
夢だとわかった以上、一喜一憂するほど馬鹿ではない。
彼らが悪魔だろうが何だろうが、私には直接関係のないことだ。
問題はこれが私の夢の中であること、それが大きな問題。

聞きたいことを聞かなければ。
今の機会を逃したら、次はないかもしれない。
一生この夢に付き纏われでもしたら、死んでも死にきれない気分だ。

「悪魔のふたり組さん、私の夢に何の用があるの? いつになったら、出て行ってくれるの?」

「あー……。それは答え難いなぁ」

「何故? 貴方たち自身のことでしょう?」

「そうは言われてもね……」

「最初の質問には答えよう。しかし、あとの質問には答えられない」

渋る晃くんに代わり、司くんが答えてくれた。
答えてくれたけれど、腑に落ちない。
あとの質問には答えられないとは、どういうことなのか。
それってつまり、この先ずっと出て行かない可能性もあるということなのだろうか。
冗談じゃない。

「説明して」

「また驚かせてしまうかもしれないが、実は……」

眉間に皺を寄せ、先程よりも更に言い難そうにしている。
悪人顔が極悪顔になっている。
これ以上何か変なことを言う気なのだろうか。
もう充分に夢だとわかったので、これ以上はおかしなことが増えて欲しくなかった。

「申し訳無い。実を言うと、我々は逃亡者なのだ。
気楽そうに見えるかもしれないが、とある連中から逃げている最中でね。
君の夢はその隠れ家に選ばれたのだよ」

「ごめんねー、勝手に使わせて貰っちゃって」

本当である。
勝手に使わないで欲しい。

頭が混乱してきた。
頭痛も酷くなってきたかもしれない。
深呼吸を試みたかったが、動揺している姿をふたりに見せるのは癪だったので我慢をする。

申し訳なさそうに、それでも正当性を主張するように、このふたりは聞けば答えを返す。
悪魔ふたりの中では筋が通っているのであろう理屈で。
これまでもそうだった。
会話が成立していた。
成立し続けていたのだ。
それを私は忘れていたらしい。

夢なのに、何もかもがリアル過ぎる。

「おかしいなーって、思っているでしょ?」

晃くんが微笑みを崩さずに尋ねてきた。
思わず睨みつける私。
立ったままの私と座ったままの晃くんなら、いくら身長差があるとは言え、これなら私の迫力勝ちである。
そのままの勢いで、自分の中にある疑問を吐き出していった。
それは不安を吐き出して目の前に並べるような行為で、私を包んでいた安堵感が霧散していくのが感じられる。

「……思っている、思っているわよ。考えていることを言いましょうか」

「どうぞー」

「まず、これを純粋な私の夢だと仮定する。そうすると、会ったこともない悪魔ふたりに毎晩邪魔されることなんて有り得ない。次に、これが夢のかたちをした何か別のものだと仮定する。そうすると、この有り得ない展開も寛大に包容可能となる。しかし、夢のかたちをした何かって何なのぉ! そう叫びたくなる。現実的に考えれば、これもまた有り得ない話。つまりは、どちらを選択しても釈然としないまま」

「おー、頭良いねー」

「誰だってわかることでしょう」

睨まれ足りないらしいので、今度は凄んでみせる。
晃くんは笑って誤魔化し、先を促してきた。
喧嘩をしても仕方ないので、私は促されるまま口を開く。

「これって結論から言っちゃうと、夢の中に夢ではないものが混ざっていることになるわけでしょう? 夢って割り切って考えるから、無理がある。夢じゃないって考えるから、無理がある。ふたつの間に妥協点を見付ければ、問題は解決する」

「良く出来ましたぁ」

「うむ、良いと思う」

悪魔ふたりに誉められたが、何故だか馬鹿にされている気分になる。
やはり、このふたりは腹が立つ。
そもそも、あっさり説明をしてくれれば済む話なのだ。
晃くんにのせられて話し始めたのは私だけれど。
そう、のせられて話し始めたのである。
そう考えると、また腹が立ってくる。
何が悲しくて、悪魔にかつがれなければならないのだ。

「それで、この結論は正解なの? いや、正解だと困るかも。夢の中に夢ではないものが入っているなんて、やっぱり考えられない! それにさぁ……」

口が回り始めた。
止められない。

「司くんの言ったことを信じれば、銀行強盗の人質みたいなものじゃない。たまたま偶然でしかない、可哀想な被害者さんなのよ! それなのに、今までそのことを黙っているなんて。信じられない! 一ヶ月も経っているのよ? えーい、この詐欺師! きっと結婚詐欺とかだって平気でやっちゃうような、極悪人なのね。晃くんが女の子を騙して、司くんが貢がせる為のお金を貸すんでしょう。そういう手口でしょう。悪魔って自分で言うくらいだもん、いっぱい悪いことをしているに違いないねっ」

「そんなぁ、酷いよー」

「酷過ぎるな」

「煩い」

その場の雰囲気に任せて、悪魔を一喝。
我ながら大胆な行為だと思う。
後で呪われたりしたらどうしよう、そんな不安が頭を過ぎる。
しかし、口は止まってはくれない。

「あ、わかった。そういう酷いことをたくさんしているから、逃げなくちゃならなくなったんじゃない? ねぇ、違う?」

私はふたりに向いて、意地の悪い質問をしてみた。
悪魔ふたりを大人しくさせて、こちらの質問が優位に進めば良い。
私の頭が狡賢く計算をする。

その直後だった。

「大正解! おめでとうございます。これで貴方は救われました」

「いやぁ、苦労したねぇ……。悪魔っ子レーダーには引っ掛かるのに、ここまで辿り着くのには一ヶ月も掛かっちまったよ」

目の前のふたりが言ったのではない。
声は私の背後から聞こえたのだから。
実際、悪魔ふたりはうんざりした表情で口を閉ざしている。
司くんに関しては、周囲の空気まで淀ませてしまっているようだ。

驚いて固まっている私に構うことなく、足音が悪魔ふたりに近付いていく。
その数も声と同じく、ふたり分。
共に男性のものだと判断出来る。

ひとりは私の右へ、もうひとりは左へ。
私を挟むようにして立ち止まる。
視界の端に映る姿を見ると、右は随分と大柄、左は小柄で眼鏡をかけているらしい。

「危ないですよ、噛み付かれます。下がっていてください」

左の人物から、すっと私の前に手が伸びる。
その動作を追い掛け、左の人物に向き直った。
小柄なわりにがっしりとした体躯の男性で、表情は真剣そのものだった。

「あの、それってどういう……」

「言葉の通りですよ。噛み付かれて食べられてしまいます。消化され、行き着く先はドコソコアソコ」

「はぁ? 何言ってんの。僕が女の子に噛み付くなんて、するわけないでしょ。ふざけてんじゃねーよ」

「あ、晃くん?」

耳慣れない話し方の、それでも晃くんとわかる声が投げつけられた。
普段通り「僕」という一人称を使ってはいるけれど、それもかろうじて保っているような雰囲気だ。
かといって、喧嘩腰というわけでもない。
上手く言葉を当て嵌めるのなら、それは、そう、化けの皮が剥がれたとでも言えば良いのか。

「あ、ごめんねぇ? 僕、男に対しては優しくないんだ」

なるほど、私に向けられる笑顔はいつもの晃くんのものだった。
どうやら彼は、極端なフェミニストだったらしい。
今まで気付けなかった。

「見ただろう? あれがあの男の本性さ」

右の大柄な人物が小さな声で教えてくれる。
小さな声なのは、晃くんを刺激しない為の配慮だろうか。

それでも向こうまで届くには充分な大きさだったらしく、晃くんは声を荒げた。

「怯えた顔してんじゃねーよ、追い掛けてきておきながら!」

「追い掛けられ甲斐がないな」

司くんまで嘲るような笑みを浮かべて、晃くんに加勢する。
こうして離れて見ると、ふたりは悪魔なのだと素直に納得出来る気がした。

「ば、馬鹿。怯えてなんかいるか! 俺たちはだなぁ、職務を遂行する義務がある。そこにあるのは怯えではない、名誉だ!」

「良いことを言いますね、エスコタ」

明らかに怯えているのがわかったが、左の人物は微笑んで相方にエールを送っていた。
そのエールから、右の人物がエスコタと呼ばれているらしいことを知る。
変な名前だが、あだ名だろうか。

そこでふと気付く。
この私を庇ってくれているらしいふたりは、一体何者なのだろう。
悪魔ふたりを追い掛けてきたようだから、敵対関係にはあるのだろう。
そう考えてみても、答えがわかる筈もない。

「あの、貴方たちは……?」

「ごめんなさい、自己紹介が未だでした。僕は歌声喫茶たし……ふがっ……」

途中で大柄な人物、エスコタに口を塞がれてしまった。

「まったく、妙な印象を残しちゃマズイでしょうが。梅玉らしいっちゃ、らしいけれどな」

「……ふがっ……い、息……」

「俺はエスコタって呼ばれていて、こっちは梅玉って呼ばれている」

「はぁ……、そうですか」

エスコタの腕の中でもがいているのは、梅玉というらしい。
梅味のキャンディーみたいだ。
その梅玉を解放してあげながら、エスコタは言葉を続けた。

「そんでもって、天使ね」

さらりと聞き流したくなる一言である。
眼鏡の天使と怯え顔の天使なんて、悪魔のふたり以上に奇妙だったから。

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